
------- 橋長:三木さんはいつ頃から家業を意識されたのですか?

三木:ここに生まれて、父の働く姿をずーっと見てきました。物心ついた時から「長男だから竹屋さんを継いでよ」と母から言われていました。でも、嫌ではなかったですね。
それは手伝いの時も山ではカブト虫を捕ったり川では魚釣りしたりして楽しんでいたからです。トラックに竹を積み込みした時の車の姿がかっこいいとも思っていましたね。そんな事があって、自然と家業を継ぐ事は身についていったんです。
------- 橋長:竹について本格的に勉強されたのですか?

三木:小さい時から父や祖父から竹の事を色々聞いていました。また京都市の後継者育成のための専門学校があるのですが、その学校に高校を卒業してから1年間行きました。
うちの仕事以外で、「他ではこういう風にやるんやなぁ」と言う事が分かりましたね。京都の他の伝統工芸や竹だけの後継者達が集まっていたんですよ。
------- 橋長:後継者は沢山いたのですか?

三木:その当時から少人数でやっていました。竹屋の息子さんなどが集まっていましたが全国的に見たら減少傾向でした。
しかし まだまだ京都は次世代に竹文化を残したいとの考えから活発でした。京都という土地柄がお茶、お花など数奇屋建築、茶庭などの文化を大切にしていますよ。
その他に京都では必要とされている道具関係も同じです。例えば、西陣地域では、弓・剣道の竹刀。お茶の柄杓、華道の花入れなどですね。○○道と呼ばれるものは柔道以外、竹が使われています。それだけ日本の文化、○○道には竹が密接しているんです。釣竿も竹が使われます。こいのぼりも竹を使うと風でなびいて良くしなり、景気が良いとされていますね。相撲が開催しているときの力士名が書いてあるノボリの竿も竹が使われているんですよ。
------- 橋長:庭に竹が使われ始めたのはいつ頃からですか?

三木:江戸中期・末期ごろか、もしかしたら平安時代、それ以上前から源氏物語の時代かもしれません。
造形美を求め、生活に余裕が出来始めた時代、元禄時代から竹が普及し始めてきたと思われます。それまで庭は権威の象徴であったり、貴族の下流四季庭園であったり。それから変化してきて茶庭が出来上がり京都では特別の京の竹垣が作製されるようになったんでしょうね。
例えば、金閣寺・銀閣寺・二尊院・大徳寺、と言った、京都のお寺の名前が付いている竹垣が存在しますよね。
------- 橋長:それらは庭師が作っていたのですか?

三木:建仁寺垣で考えれば、その竹垣は塔婆の代わりだったのではないでしょうか。もしくは、戒名を書く紙の代わりだったのではないでしょうか。
当時は、紙は貴重なものです。竹の内側も白いので覚書で使っていたらしいです。今でも時々メモ代わりにつかっていますよ。
京都の四条通りから五条通りまで建仁時の敷地で塔婆が並んでいました。それが仕切りとして変化していったのが建仁寺垣です。時代によって変化してきたものですから、誰が作ったというより、寺で使われていたものです。お寺から依頼で作ったのか、庭師が作ったのか?は分かりませんがそれぞれが提案しながら作り上げてきたのだと思います。明治時代では、庭師が存在し庭造りを古くからやっていたのですが、竹垣作りは竹職人がやっていたのか、竹屋がやっていたのか…その辺は定かではありませんが、竹屋さんが竹垣を作って、庭師がプロデュースしていたのかもしれませんね。
------- 橋長:竹への想いをお願いします。

三木:お客様が喜ぶ潤いある生活の提案をしていきたいです。昔は竹が普通にあったのですが、昭和39年東京オリンピックの年に、60年に一度の竹に花が咲いて竹が枯れる現象が起こりました。家を建てる為に竹が必要なのに、日本中の竹が枯れました。その時点で外国からの竹の輸入が始まったんです。プラスチックの竹も出現しましたね。
この時代に本物の竹の変わりに様々なものに切り替わってしまいました。竹産業以外にも海外から様々なものが輸入され置き換わってしまいました。
プラスチックの竹に似せたものを否定するつもりはありません。用途によっては使っても良いと思います。しかし、茶庭の中には本物を使ってほしいと思います。何故なら竹は育っていくものなのです。庭全体は落ち着いているのに、プラスチックの部分だけテカテカしていて違和感が生じます。紫外線が当たればプラスチックも竹も劣化します。プラスチックはパリパリになりますが、竹は朽ちていきます。庭全体と一緒になじんで朽ちていくんです。

最初は青い竹も時間が経つと色が抜けて白くなって、それからグレー気味になって、磨くと赤茶っぽくなります。なんでも青竹が良いというものでもなく、違った表情が楽しめる、それが竹の良さです。
庭は自分を見つめ直す自然な空間です。自然から何かを感じる、竹藪に入ったときに感じるものとリンクします。最近の作られた庭では自然を感じられなくなってきたような気がします。プラスチックでも使うからにはこの線引きはきちんとしないといけないと思いますね。
竹を買っていただく方に伝えたいことですが、仕事、商売、文化を残していく為に僕なりに考える竹の良さとは、竹にはしなりがある、中身が空洞になっている為
竹の素材が道具として用途として適しているところです。竹とは身近な存在であって、自然の恵みをいただけるものです。竹の命を貰って、我々が技術を駆使し、見立てて製品として使わせてもらっています。

自然と我々は一緒です。共存共栄しています。竹だけじゃなくって、竹藪で感じることですが、整然として立っている姿は非常に神秘的です。一本一本、天を向いて立っています。また、地面の下では地下茎で繋がっています。竹の葉は毎年落ちるものですが次世代の養分となります。時代が流れ、竹自身自分の中で自給自足し、竹の子孫の為に循環しているのです。竹には節がありますが、下のほうが詰まっていてあるところでは伸びています。一人の人間に置き換えてみたら同じようなものです。成長する時期があれば落ち着く時期もあります。先に行くほど細くなりますが、葉っぱを沢山つけるのは次世代の竹の為に葉をつけるのです。偉くなるほどまっすぐ立っているけど偉そばっていず上のほうは葉っぱで支えあっています。

三木竹材店の名刺にもあるようにロゴマークの下は繋がっていて、上は支えあっています。人と同じなんです。手と手を繋いでいるイメージで考えました。
放置竹林と言われるように竹も放っておいてもダメです。竹も切って良くなります。竹を使わせてもらうことが竹にも良いですし、我々も喜んでいます。人と竹が共に良くなります。周りの人も良くなって竹を買って貰って喜んでもらう。こんなありがたいことはないですね。
竹と人間との関係、三木さんのまだまだ語り足りない深い話でした。
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